第十九回 「関西一の、ええ兄ちゃん」と、もうひとりの僕
■「ほんまに、ええ兄ちゃんやなぁ」「いや、ちゃうねん」
――
前回に続き『テレビのツボ』のお話を伺います。
ぜん
お願いします。
――
裏方で携わらせていただいて、実はずっと心に引っかかっていたことがあったんです。それは僕ら当時の構成作家や制作陣が、ぜんじろうさんに「無理をさせていたんじゃないか」ということなんです。
ぜん
それは、どういうことですか?
――
ぜんじろうさんに「関西一の、ええ兄ちゃん」という設定を強要しすぎていたんじゃないかと。
ぜん

…………。

――
優しくて、温かくて、10代の少年少女たちの兄貴分という設定をね。もちろん、それはぜんじろうさんの魅力であることは間違いない。ですが、その部分だけを抽出して連日放送し続けるということに、フラストレーションが溜まっていったんじゃないかと。
ぜん
あぁ……。確かに、ありましたね。「ぜんじろうが、ええ兄ちゃん? どこがやねん!」ってツッコまれるのは全然いいんですけど、「ほんまに、ええ兄ちゃんやなぁ」って言われた時は、さすがに「いや、ちゃうねん」と思いましたね。
――
特に『テレビのツボ』という番組から離れた時に、同じように見られるのは辛いでしょうね。
ぜん
例えば、街で「ファンです」って言われるでしょ。ファンレターをもらう、握手をする。もちろん、その時その時、誠心誠意、応えます。ただ「ええ兄ちゃん」っていうのは、次にその子と会った時にも、名前を憶えてないかんのです。
――
ええ兄ちゃん、辛いですね〜。
ぜん
そうじゃなければ0点なんです。でも……当時はやっぱり全員は憶えられなかったですよ。
――
そうでしょうね。ファンの名前と顔を全員憶えていたら、ノイローゼになりますよ。
ぜん
あとね、自分が愛してるものに対して、多少イジッて愛を表現する方法、あるじゃないですか。僕のなかで「愛してるものしか、イジらない」っていう理屈が、ちゃんとあるんです。ところが「ええ兄ちゃん」は、ちょっと悪く言うたことを本気で受け取られてスベることがある。ええ兄ちゃんが人をイジるなんて0点ですわ。そんな0点がかさむことがあって、ちょっと凹みましたね。
■『たかじんnoばぁ〜』で、もうひとりの自分が噴出
――
「あれはテレツボだけのキャラクターなんだ」というのは、あくまで当時の僕ら作り手側の勝手な言い分であって、視聴者には伝わらないですもんね。
ぜん
あのね、ツボをやってるときに、*『たかじんnoばぁ〜』に出たんですよ。あの番組って、まぁ、下ネタ番組じゃないですか。
――
そうですね。放送禁止用語連発で、「ガオーッ」「バキューン」ばっかりでしたね。
ぜん
ほんであの当時、「たかじんさんの番組の独特なノリ」って、あったじゃないですか。「怖〜ぁ」「プロデューサーとたかじんさん、どっちが偉いの?」みたいな。そんで「お前、呑め!」言うて思いっきり酒を飲まされて、当たり前のようにセックスの話になっていって。そうなったら、もうカワイコぶってる場合やない。
――
「ええ兄ちゃん」の一大事ですよね。どうされました?
ぜん
気がついたら僕、カウンターの上で自分のセックスのやり方を実演してましたわ(笑)。
――
わはは! でもそうするより他にないですよね。あのゴージャスなBarセットは、ある意味、監禁ですもんね。
ぜん
自分でも「まさか、あれはさすがにカットやろ」と思ったら、オンエア観たらぜんぶ放送されていました(笑)。
――
観た人から、何か言われましたか?
ぜん
やっぱり周りから、いろいろ言われましたわ。「テレビのツボで清潔なイメージができてきたのに、あんなことやったらアカン」と言う人と、逆に「ツボにも、ああいうノリを入れていかないかん」と言う人とかね。
――
両極端な意見ですね。どっちを聞いたらええものやら。
ぜん
ただね、どっちも僕なんです。テレツボの僕も、たかじんさんの番組で下ネタ連発してる僕も、どっちも僕。どっちもあるんです。
――
「テレツボの僕も、たかじんさんの番組での僕も、どっちも僕」というお話を受けてなんですが、芸人さんには多角度的な魅力があると思うんです。その一面を照らしたのがテレビのツボだったんですけど、別の面から冷静にご覧になって、テレビのツボという番組は、どう分析されていましたか?
ぜん
僕はね、もっとダラダラしてもよかったんちゃうかな、と思うんです。それに、もっとチープでもよかった。
――
あ、あれ以上にチープですか!? 制作費という点では、過去に類を見ない低予算でしたが。
ぜん
いや、もっとチープでよかったと思いますね。やる気があるんやらないんやら、遊んでるんやら遊んでないんやらようわからんくらい、ダラダラと。「誰がこれ観てんねん?」みたいな。もともとのコンセプトが「ニュース」ですから、ニュースがない時は特にやることもない、そんな素の状態すら見せてしまうような番組でよかったんちゃうかなと思いますね。
――
それは面白いですね。確かに、途中からちょっとノリが変わってきたように思うんです。ゲリラ的な味がよかったのに、だんだん一回一回パーフェクトなものを放送しようと思いはじめたんじゃないかな。スタッフが目指すところと、視聴者が面白がってる不完全な部分にギャップが生じはじめたように思います。ああ僕、なんか語ってしまってますね。この番組は当事者だったんで、どうしてもインタビュアーに徹しきれない(苦笑)。
ぜん
あとね、これはもう当時のスタッフの愛情なんで有り難いんですけど、だんだん、えらい気を遣われるようになってね。「ぜんじろう」と呼び捨てにしてくれる人もおらんようになり、現場がピリピリしてきて、それが息苦しくなってきましてね。僕はそないにわがままを言わないですし、放っておいてくれてよかったんです。ぞんざいに扱ってくれてよかった。
――
あぁ、それは仕方ないというか……。なんせスタッフがぜんじろうさんと関わるのは、テレビのツボだけではなかったですからね。夕方にも顔を合わせていたので。
ぜん
『屋台の目ぇ』ですね。
   
 時に「真夜中の学園祭」と呼ばれることもあった『テレビのツボ』だが、実は制作陣と出演者が和気藹々としながら作られていた、わけではなかった。いや、「いつしか和気藹々とはやれなくなっていった」と言った方が正しい。
 ぜんじろうとスタッフは、決して不仲ではない、とはいえ相手の領域に踏み込むことに双方で怯えているような、よそよそしい関係になっていった。そんな緊張感を生みはじめたのは、実はもうひとつ別の帯番組がきっかけだったのである。
 次回、「“屋台の目ぇ”が運んできたもの」をお楽しみに。
  *『たかじんnoばぁ〜』
 1992年10月から1996年7月13日まで放送された、よみうりテレビ制作の深夜番組。
スタジオにカウンターバーのセットを組み、マスター役のやしきたかじんとバーテンダー役のトミーズ雅が、客としてやって来たゲストとともに酒を飲みトークするスタイル。たかじんは収録が進むうちにヘベレケになり、編集音「ガオー!」無しでは放送できないような発言、暴言を繰り返した。だがその過激トークの面白さが評判を呼び、キー局の日本テレビ等の系列局でも放送されるようにもなった。この編集音の「ガオー!」が番組の代名詞となった。放送時間が深夜0〜1時台を過ぎているにもかかわらず、最高視聴率が25%を超えるなど(関西地区)、よみうりテレビ史上深夜番組の最高視聴率記録を更新する快挙も達成した
(以上、人名については敬称略)
 
TEXT■吉村智樹 テープ起こし■泡の屑 撮影■おーしま2号
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