第十四回 ラッパーぜんじろう
■「これからはラップの時代や!」
――
前々回、前回と、ぜんじろうさんが「吉本印天然素材をクビになった」というお話を伺ったのですが、その後は、どのような活動を?
ぜん
ラジオしか仕事がない日々が続きましてね。そんなある日、吉本の本社に行ったんです。そしたら*大崎さんがいらっしゃいまして、えらい怒られてね。「お前、なにしてんねん。お前に統率力がないからクビになるんや」と。
――
それはまた不思議な話ですね。泉班のなかで起こった出来ごとなのに、別チームである大崎さんに怒られるというのは。
ぜん
いえいえ。それは大崎さんの優しさでね。怒ってるような素振りで、実は慰めてくれてたんですよ。たぶん僕の様子が悲惨やったんでしょうね。「こいつ死ぬんちゃうか」と思いはったんでは。
――
やっぱり凹んでる時って、わかるんでしょうね。
ぜん

それで大崎さんが、雑誌の『宝島』を僕にポーンと放り投げたんです。開いたページには「ラップ道場」っていう記事が載ってたんですよ。まだインディーズやった頃のスチャダラパーの紹介とか。それで「ぜんじろう、これからはラップの時代や!」って言わはって。「ぜんじろう、ラップせえ!」と。

――
確かに当時の宝島は“ポスト・バンドブーム”にヒップホップをえらい推してましたよね。『smart』も、そういう流れから創刊されたと記憶しています。しかし、やはり不思議です。ぜんじろうさんは、言わば大崎班の宿敵だったじゃないですか。大崎班が自信満々で送りだした期待の新人130Rの受賞を、2度も阻んだわけですから。それなのに、どうしてアドバイスをくださったのでしょうか。
ぜん
ダウンタウンさんたちが東京に行かはって、次になにをするか考えてはったんやと思います。それに大崎さんはヤンチャなやつが好きなんですよ。僕のへたくそなわりにガツガツやる生き方を見て、「こいつ、若いなぁ。青いなぁ。なんぞ助けてやらな」と思ってくれはったんとちゃうかな。
――
なるほど。そして、それがラップだったと。
ぜん
もともとラップは好きだったんです。ラップ漫談とかもやってたんです。とはいえ、ラップを本格的にいきなりやれと言われても、お金かかるし、それに実際にどう演っていいかもわからない。そしたら大崎さんが、「製作費は出したる。演り方がわからへんねやったら、一緒にライブを観に行こう」って言うてくれはって。そんで、あちこちのDJイベントを観てまわったんです。
――
あ、一緒に行ってくださったんですか。
ぜん
あるライブで、DJとMCがごっつうまい女の子がいてね。大崎さんが「あの娘を彼女にせえ」って言わはって(笑)。
――
えらい命令ですね!
ぜん
そんで、まぁ、口説きまして(笑)。
――
まぁ、上司の命令ですからね(笑)。
ぜん

僕と付き合うようになって、彼女にオケをつくってもらってね。元ネタは月亭可朝師匠の『ボインの唄』(笑)。「♪ボインは〜」いうのをサンプリングして、僕がそれに「♪おっぱいボヨヨ〜ン」って乗せて。

――
ボインの唄REMIX! しかし月亭可朝さんといえば吉本の大先輩でしょう? 怒られるんとちゃいますか?
ぜん
ちゃんと許可取りに行きましたよ。朝日放送まで可朝師匠に会いに行って、「こんなん作りましてん」って聴いてもらってね。
――
なんて言うてはりました?
ぜん
えらい喜んでくれはってね。さらに「ライブやるんやったら出たるわ」とまで言うてくれはって。さっそく神戸のライブハウス『チキンジョージ』を押さえましたよ。ゲストは可朝師匠で。
――
新旧ボインの唄バトル! 言わばトリビュートですよね。それは観たかったなぁ。しかし、えらい速度で話が進んでいきますね。
ぜん
僕ら、一度やると決めたら、一気にガーッとやりますからね。
■超大物とのジョイント
――
確かに一時期、ぜんじろうさんのイメージって“ラッパー”だったですよね。ラップのCDもお出しになっていますし。
ぜん
あの頃は、まだラップをやる人が少なくてね。そんななか、作り物のおっぱいをつけて「♪ボインは〜」ってやったら、珍しがられたんですよ。そんで「オモロイ」いうんでイロモノとしてイベントに呼んでもらえるようになって。外タレを呼ぶイベント会社の人が、僕のラジオ番組のリスナーだったことも大きかったですね。
――
ということは、どなたか外国人アーティストとも共演なさったんですか?
ぜん
アイス・キューブの前座をやりましたよ。
――
マ、マジッすか?! マジッすか?! もう一回言いますけど、マジッすか?!
ぜん
僕は前座やったんやけど、*アイス・キューブがものすご興味を示してね。一緒に「おっぱい! おっぱい! マザーファッカーおっぱい!」いうて、やってくれましたわ。
――
それはスゴスギますよ。
ぜん
日産が主催のレゲエのイベントにも出ましたわ。2日間、伊豆諸島の式根島でやる大きなイベントでね。僕はそこで漫談ですわ。「いや〜、式根島には、式根島にしかないもんがある。式根島駅」とか(笑)。ベッタベタの演芸ノリの。
――
そういうのが、レゲエを観に来たお客さんには逆に新鮮だったかもしれないですね。
   

「捨てる神あれば、拾う神あり」とは、まさにこのこと。てんそからラップへ、ぜんじろうの人生は、まるでターンテーブルを乗り換えるようにつき進んでいった。逆襲のリズムトラックは鳴りやまない。ぜんじろうはこの波に乗り、さらにその後の人生に多大な影響を与える大人物と出会うことになる。次回、「島田紳助との邂逅」をお楽しみに。

 *大崎さん 大崎洋 吉本興業東京支社専務、株式会社ファンダンゴ社長、株式会社キャスティ取締役、というより、読者には「初代:心斎橋筋2丁目劇場プロデューサー」「ダウンタウンのごっつええ感じプロデューサー」と言った方が「ああ、あの人!」と伝わるかも。
*アイス・キューブ かつて『ストレート・アウタ・コンプトン』でヒップホップ界に旋風を巻き起こしたギャングスタ・ラップの超大物にして老舗。
 
TEXT■吉村智樹 テープ起こし■泡の屑 撮影■おーしま2号 浪花の小池栄子
  ご意見ご感想は、掲示板まで

ブログ『ポジぜん』
http://blogs.dion.ne.jp/posizen/

HP『ぜんじろうハリウッドへの道』
http://www.fandango.co.jp/zenjiro/

インターネットラジオ『ぜんじろうのデジゼン』
http://dp37022342.lolipop.jp/dedizen/

もっと知りたいぜんじろうの魅力