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| ■あの人気番組は、最初はぜんじろうがやるはずだった | |||||||||||||||||||||||||||
| ―― | 前回は、レギュラー出演していた『気分はジャマイカ』が終了し、テレビの仕事がなくなったというところまでお話を伺いました。その後は、どのような活動をされていたのですか? | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「吉本の泉さんが、どんきほーてさんをリーダーにして、毎週土曜日にNGKスタジオで『サタデーナイトライブ』っていうイベントを始めてくださったんです。それに出させてもらって、あとは梅田花月(現:うめだ花月)に出て……それくらいですね。仕事はぜんぜんなかったですよ。また上岡師匠のお供をする生活に戻りました」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | なるほど。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「その頃に『鶴瓶・上岡のパペポTV』が始まったんです。まだレギュラー番組じゃなく、特番で。深夜のさらに深い時間、スタジオにお客さんも入れず、こっそり始まったんです。そしたらこれが『おもろい』いうて、えらい話題になりましてね。師匠がものすご人気者になったんです」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | 上岡龍太郎ブームの始まりですね。ぜんじろうさんも以前おっしゃってましたけど、それまで上岡さんって、おばちゃん向けのタレントってイメージがありましたもんね。それがパペポTVで、若者たちが気がついたんでしょうね。「あ、この人、こっち側の人やったんや。サブカルチャーの人やったんや」って。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「そうなんです。それで今度は白岩さんが『若い版パペポがやりたい。上岡さんと鶴瓶さんの弟子ふたりで、夕方に番組がやりたい。出えへんか?』って言ってくれたんです」 (註*白岩さん:白岩久弥。元読売テレビプロデューサー。『ダウンタウンDX』などを多数の人気番組を手がける) |
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| ―― | それは凄いビッグチャンスじゃないですか! 当時、関西の夕方は『4時ですよ〜だ!』『素敵! KEISHU5』など人気番組が目白押しで、ものすご注目を集めてた時間帯ですよね。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「僕と笑福亭純瓶さんのふたりで番組やらへんか? って言うてくれはってね。ただねぇ……。『ぜんじろうくん、松竹やろ?』って言われて」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | 吉本ですよね? | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「そうです。吉本です。『ぜんじろうくん、松竹やろ?』『いえ、吉本です』『そうか〜、吉本かぁ〜』って、えらい残念がられて。その番組、松竹枠やったんです」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | 松竹制作の企画だったんですか。それだと出られないですね。残念ですね。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「その番組がのちの、森脇健児さん山田雅人さんの『ざまぁKANKAN!』なんです」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | えーッ! ちょ、ちょっと待ってください。ざまKANって、最初はぜんじろうさんがやるはずだったんですか!? めちゃめちゃ人気番組じゃないですか。それはもったいないにもほどがある話ですよ。森脇さんも山田さんも、あの番組でブレイクしたのに。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「白岩さんにあとで『惜しいことしました』って言うたら、『心配せんでも、ぜんじろうくんやったら、あない人気出てない』って言われましたわ(笑)」 |
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| ■「賞金もらいに行かへんか?」 | |||||||||||||||||||||||||||
| ―― | うまいこといきませんね。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「僕らがいっこも芽ぇ出ぇへんから、泉さんもだんだん飽きかけてきててね。会社に行ったら社員の人から『辞めてまえ』って言われるし。若い子はダウンタウンさん、圭修さん、森脇さん山田さんのファンばっかりやし、方や梅田花月に出ると仁鶴さんら大御所がドッカンドッカンウケてんのに、僕らはいっこもウケへんのですよ。どこの層にもハマッてない。どうしたらええねんって、ほんま悩んでたんです。そういう時、ありがたいもんで親身になって考えてくれはる人もいてね。『漫才してみたらどないや。今宮子供えびすマンザイ新人コンクールいうのがあるから、出てみぃひんか』って言うてるれはって」 (註*今宮子供えびすマンザイ新人コンクール:今宮戎神社の夏祭のおり境内で行われる催し物。かつて大木こだま・ひびき、ダウンタウン、清水圭・和泉修、ボブキャッツ、ベイブルース、レイザーラモン、りあるキッズらが福笑い大賞に輝くなど、夏祭の催しとはとうてい思えぬハイレベルな漫才コンクール) |
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| ―― | 出てみぃひんかって言われても、相方もいないのに。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「そんとき、たまたま八方さんの弟子の月亭かなめさんも『漫才やって、賞金もらいに行かへんか?』って言うてくれはって。僕は最初、『漫才は勘弁してください。相方どうし仲悪くなってるコンビとかも見てるし』って断ったんですよ。そしたら、『取り敢えず今宮子供えびすだけ出ようや。あとのことは、あとで考えたらええ』と。確かにね、僕らそん時ほんまやることなかったし、それにあれこれ考える余裕もなかったんです。なんせ今宮えびすのコンクールまで、あと4日でしたしね。それで『かなめさんの手助けができるんやったら、やります』と」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | え!? 「かなめ・ぜんじろう」って今宮子供えびすコンクールの4日前に結成されたんですか!? | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「そうです。ふたりで喫茶店でちょろちょろっとネタ書いてね。正直言って、この時点ではまだ僕は本気やなかったんです。そんで一回戦を受けまして。そしたらね」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | そしたら? | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「審査員の香川登志緒先生が、えらい絶賛してくれはってね」 (註*香川登志緒:かつて『てなもんや三度笠』など大ヒット番組を手がけた超大御所笑芸作演出家・演芸批評家。後年、登枝緒に改名。94年没。『ダウンタウンのごっつええ感じ』のコント『香川さん』のモデル) |
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| ―― | あ、あの香川先生がですか!? | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「なにがそんなにツボにハマッたんか、大爆笑しはってね。入れ歯ずれるくらい(笑)」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | 香川先生って、あのお齢にもかかわらず、感覚が新しかったですよね。あの世代で「ダウンタウンが面白い」って最初に言いだしたのって、香川さんだけじゃなかったかな。ダウンタウンだけじゃなく「メンバメイコボルスミ11が面白い」って言いだしたり。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「それに僕らがコンテストに出ることは、ちょっとだけ話題になったんです。当時、上岡師匠もそうですが、八方さんがえらい人気が出てね。『あの上岡と八方の弟子どうしがコンビを組んだ』言うて、話題になってたんですよ」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | あの頃の八方さんも『楽屋ニュース』とかで再び凄い人気でしたもんね。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「師匠らの人気の追い風もあったと思うんですが、そんなんで大賞獲ってしまいましてね」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | いやいや、かなめ・ぜんじろうの漫才、めっちゃ面白かったよ。 | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「いや〜、『上岡と八方の弟子を落としたら、ふたりにあとでなに言われるやわからん』ってことやったんとちゃいますかね(笑)」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ―― | そんなことはないでしょう。実力の受賞だと思いますよ。それにしてもコンビ結成4日で大賞を獲得するなんて、前代未聞の新記録じゃないですか? | ||||||||||||||||||||||||||
| ぜん | 「どうなんでしょうね。ただね、この賞を獲ってから、『あ、漫才、真剣にやってみようかな』って思ったんですよ」 | ||||||||||||||||||||||||||
| ひょんなことから漫才コンビを組むことになったぜんじろうは、第9回今宮子供え びすマンザイ新人コンクール(88年)の福笑い大賞を受賞した。しかし「かなめ・ぜ んじろう」の活躍を顧みると、それはまだ序の口だったと言える。のちにさらなる大 きなスケールのステージがふたりを待っていたのだ。ぜんじろう、この時まだ二十歳 になったばかりである。ちなみにこの年の今宮子供えびすマンザイ新人コンクール、奨励賞はのちにティー アップとなる前田、こども大賞はリットン調査団が受賞している。往時の香川登志緒の感性はとてつもなく鋭敏であったことが窺い知れる。 | |||||||||||||||||||||||||||
TEXT■吉村智樹 撮影・協力■零まどか 木の葉燃朗 |
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